小さな野原

小野久留美のブログ/リフレクティブジャーナル🌸🚀🍃 作品→http://kurumiono.com/

28日 ベビベビ君を抱きしめていたい

愛するとは消えてほしくないと願うこと、ととある雑誌に書いてあった。保存したいと思う気持ちは愛があるからこそ芽生える気持ちだと思うのだが、それを超越したものが自他愛になるのかな。本当の意味での保存とは、土に還すことだと思う、といろいろな人に言っているが、わたしはここ数年そう思うのだよね。

そして今日、蚕蛾ちゃんを土にうめた。またね!

早くもわたしの頭の中ではお蚕さまたちを使った作品のプランがもこもこと膨れ上がっている。今はまず夏の個展にむけて集中するべきなのだが!はやくこの世に生み出したい。

27日 あなたには分からないでしょうね

ロラン・バルトは、彼の著書、明るい部屋の中でこのようなことを書いていた。
写真で死体をうつした場合、死体が死体として生きているということを写真が証明するから、それはつまり死んでしまったものの生きている映像なのである、そして、写真は対象が生きていると思い込ませる。、と。

最初に生まれた蚕蛾さんがついに今日動かなくなってしまった。
泣きながら写真にうつしてみたがやはり死んでいる、とひと目で分かる。目も開いているし羽根も上がっている子もいて生きているときの姿とさほど変わらないのだけれどやはり生きていない蚕蛾なのだ。写真から死が滲み出ている。死が写真の中に留まっている。もはや蚕蛾ではなく死をうつしたもので、それはすごく、何というかわたしにとって違和感を感じることだった。写真におさめることは保存したい気持ちから来た行動だったが、いまははやく土に還してあげたい。

だいすきだよ、わたしのシルクワームちゃん。

24日 そしてまた枯れ葉は溜まる

わたしの作品や思想を通して思ったことや感じたことを、明確な文字に表して伝えてくれる友達がいる。(たくさん連絡をとりあっていなくとも、彼女が何かを感じたり考えたりしたときにはそれを必ずシェアしてくれる)

それは、わたしの立っている道に溜まった枯れ葉を一気に飛ばしてくれる風のようだ、とメッセージをもらうたびに思う。作品に対しての批評ではなく、(もちろん批評も有り難い。それを伝えてくれる人は多々いるのだが。)彼女の日常にわたしの考えるコンセプトを当てはめ、実際に心から感じて、そこで何を思ったか、を教えてくれる。

 

”この世界では全てのものが常に変化しているが、その変化には恐怖と喜びが付随する。そして彼女は「一過性」とそれによって変化する人の心理的側面に興味を持ち制作をしている。何かを永久に保存したいと思う気持ちが人の心の中に現れるときがある。しかし、その一方で全ての生き物はいつか土に還り、全てが束の間だ。”
(小野久留美のウェブサイトより抜粋)

 

言うてますけど、やはり一番最初は自分のなかでの気付きであったので、他の人はどうなん?という気持ちは常にあり。そうは思いつつ、いや、絶対、人間だれしも一度は感じたことある気持ちだ!そして意外とないがしろにしてる人多いけど、人格形成や全てにおいて繋がる重要なことなのだ!という謎の自信もあり。

なので、彼女が保存や不変性の観点について考え、見つめ、それを共有してくれることは本当に有り難い。

物理的な実体の終わりをもたらす変化が"失う"とイコールではない、ということを彼女の体験したことも交えて書いてくれた。
そのことは昨日、蚕の死期が近いことをブログに書いたときに思い出したこととも繋がった。それは、わたしの好きな漫画の中に出てくるお話しの一部なのだけど、飼っていた犬が死んじゃったときも、どうしてママは平気でいられるの?(死んでしまって何日かたっても、ママやパパはどうして(表面上は)今まで通りの生活を送っていられるの?!)と子供が泣きながら言う部分。これを思い出して、わたしもお蚕様が死んでしまっても今まで通り日常を送るのだと思うし、(いままでも家族の猫や犬が天国に行ってしまっても日常を送ってきた)こんなに愛着があるのにどうして普通の日常を送れるのだろう、と疑問に思っていた。
そして脳が自然に変化と失うっていう定義を切り離した、という彼女の言葉がしっくりきた。

人間は自分自身を守るためにそうできているのかもしれない。私たちはずいぶん複雑で、野蛮で、愛くるしい生き物だ。

6月23日 ドアの隙間から

気がついたら6月も後半になっていた。

あれからお蚕様はせっせと繭を作り無事に羽化した。交尾もしてたまごもたくさん産んだ。1匹、自分の力で羽化できなかったのでレスキューした蚕くんがいる。羽根もみんなよりしわしわで小ちゃい。手助けしたからだろうか、その子にめちゃくちゃ思い入れが強くなった。22匹いても、羽根が小さいのですぐ見つけられる。でももうすぐお迎えがくるのだろう(飲み食いしないので寿命は約1週間ほどらしい)、と考えると悲しみで胸が苦しい。そもそもなんで人間は”死”を意識する/できるのだろう。近頃はそれを感じてる人が少ない気がするが。わざと感じないようにしているのだろうか。

とにかくお蚕様はとてもかわいい。命をありがとう。

22日 うまれたよ!

友達1人と恋人とわたし3人でシェアして住む家に引越して、そこのトイレでウンチいっぱいしている夢見た。小さいけど何回も!悪いものをポロポロと出せたのかも。夢占いとか信じる人です。(昨日、蚕がウンチする場面を目撃して感動したのでその影響かも)

 

母胎について「かつてそこにいたことがあると、これほどの確信をもって言える場所は他にない。」ージークムント・フロイト

21日 明日、うまれるよ!

念願だったお蚕様を飼い始めた。イギリスにいるときからやりたいことリストに入れていたことなので嬉しい。
まっしろで柔らかくて背中に黒い羽根のような模様がある。家の庭に桑の葉の木があるのでそこから葉をとっていれたらむしゃむしゃ食べていてかわいい。最初に入れた人工餌はもう食べなくなった。やっぱり自然のものがおいしいのかな。
イギリスにいる友達から、え!??何のために飼ってるの?と聞かれたので、制作のためだよ!繭作りの過程の写真や蚕蛾を写真で撮りたいんだ!と言った。そしたら、じゃあファームごと買ったんだ!?笑 と来たので、子供が観察する用のようなもので2週間くらいしか観察はできないんだよ〜、と伝えた。そしたら、嘘だ!子供はむしろ怖がるんじゃ!?そんな観察キット普通じゃないよ!、ときた😹 なので小学生の時にやる自由研究内の説明をしたら感動して驚いてたんだけれど、やはり日本だけなのかな?


ステイホームでお家にいるので少し早い夏休みを始めた感じ!日に日に大きくなる蚕ちゃんをお世話しながら観察することはとても楽しい。でも彼らの死も見届けなきゃならないので心がキュッとなる。どうかこのままでいてほしい、という気持ちと、成長を喜ぶ気持ち、完全に去年課題で書いたcritical evaluation (か、何かのwriting)に書いたことなのだけれど、(揺れ動く人のいくつかの矛盾した気持ちが保存したい!という気持ちにつながる、という)それをまざまざと体験している。

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18日 小満

最近はここに書くこともない、というより、今はここには書けない/書く必要のないことを考えたりしている気がする。つまり、まだ第三者の目に晒すものじゃない気がするものがたくさん頭の中にある。なのでそれはノートに書き留めている。ここに書くべきときはいつか必ず、ふとした時に訪れるのでそれまでホカホカに温めておこうと思う。(点と点が繋がるときって本当に突然訪れるのでそのときに書きたいな、ということあるよね🐛)

 

なので、その時が訪れるまでは本の中で見つけて/友人が教えてくれて心高鳴った文章たちをメモ代わりに書き留めていこうと思う!

 

「或るひとつの〈宇宙リズム〉の中で、本質的に多数である命たちが同じ時の流れを経験すること、それが喜びであり救済。」

中路正恒(性食考-赤坂憲雄(この本のことも今度詳しく書き留めておきたい!)のなかで見つけた)